本日から、品質部門配属になりました 第54回 『品質のための体制の構築・維持・改善』(その2) (2021-06-14)
2021.06.14
■事業戦略実現のための品質経営の運用
経営における品質の意義が組織に浸透し,それが品質基本方針に象徴的に表現され,品質のための組織的体制が確立されているという組織基盤のもとで,事業環境に応じて事業戦略実現のためにこれらの仕組みを運営していくにあたって,品質部門はどのような役割を果たさなければならないのでしょうか.
組織としては,次のようなことを考慮すべきです.
・経営環境の認識に基づく品質経営に関わる課題の明確化
・品質経営戦略の策定と運用
・品質体制の運用状況の把握と対応
経営環境の認識として,最も重要なことは,製品・サービスを通して組織が顧客・社会に提供する価値に対する関係者の評価です.なぜなら,これが満足すべきレベルになければ,組織の存在価値が不十分ということになるからです.
経営環境として認識しておくべきことは多岐にわたるに違いありません.直接的な外部環境としては,提供する製品・サービスの市場,製品・サービスの実現に関わる技術,サプライチェーン,競合・競争の場の構造,社会ニーズ・価値観(SDGsなど),労働環境などの動向があるでしょう.内部環境としては,保有している技術力,マネジメント力,人的能力,意欲,製品系列などがあるでしょう.
こうした“内外の環境”といえる事項を列挙することが重要ではありますが,やみくもに挙げてもあまり意味がありません.むしろ,将来も見すえたうえで,製品・サービスを通して提供すべき価値,そのために競争環境において持つべき組織能力,その能力が実装される品質保証体制要素を明らかにするという視点で,正しく認識しておくべき“内外の環境”は何かと考えるべきでしょう.
こうした環境認識に基づいて,自らのあるべき姿を描き,現状とのギャップを認識することによって経営課題を明確にすることができます.
次のようなステップで考察してはどうでしょうか.
(1) 事業構造の理解
自組織を取り巻く「事業構造」を明確にする.ここで「事業構造」とは,当該事業ドメインで活動するプレーヤー(多様な顧客,顧客のサプライチェーン,パートナー・供給者,販売チャネル,サプライチェーン,物流組織,競合など)と,それらプレーヤー間の関係(価値提供連鎖,情報ネットワーク,委託・受託関係,商権・商流,管轄・所有,協力・協働など)を意味します.
(2) 提供すべき価値の特定
その事業構造において,自組織が,他のどのプレーヤーに対し,どのような価値を提供すべきか明らかにします.とくに,顧客に対し,製品・サービスを通してどのような価値を提供すべきか明確にすることが重要なことは言うまでもありません.
(3) 持つべき能力の明確化
競争環境において,そのような価値を提供するために,自組織が持つべき組織能力(=競争優位要因)が何であるか明らかにします.同時に,その事業分野で必須の能力も明らかにします.これらの能力を明らかにするときに注意すべきことは,自組織の特徴を理解したうえで,事業成功へのシナリオを描いて,自らが保有することができて,かつ事業の成否を左右する少数の決め手となる能力を明らかにすることです.自分にはできそうにないことを望むのは現実的ではありませんので,自分にできることで勝利につながる手を考えることが重要です.
(4) 能力を実装すべき品質保証体系の要素の明確化
それら組織能力を実装すべき品質保証体系の要素を明確にし,日常的に能力を発揮できるようにするために何が必要かを明らかにします.
(5) 事業構造の変化の予見
事業環境の変化に応じて事業構造がどう変わるかを予見し,変化した環境において,提供すべき価値,持つべき能力,充実すべき品質保証体系要素を明らかにします.とはいえ,的確に予見することは難しいことです.起こり得る変化に関わるいくつかのシナリオを想定し,それぞれの事業構造においてとるべき自らの対応を上述したような思考プロセスに従って考察します.新QC七つ道具の一つ,PDPC法(Process Decision Program Chart;過程決定計画図)のような考え方が有効かもしれません.正確に読めなくても,常に近未来を見ながら対応の心づもりをしておくという思考・行動様式が重要です.
(6) 課題認識と戦略
提供すべき価値,持つべき能力,充実すべき品質保証体系要素と現状とギャップを認識し,重要な課題を特定します.これら重要な課題に対してどのように取組むか,その上位の方策が戦略となります.
ここでの検討は,狭義の品質に関わる戦略というよりは,事業そのものの戦略に見えるかもしれません.考察しようとしていることが事業戦略実現のための品質保証体系の構築・運用に見えるかもしれません.そのように考えるのは「品質」というものを狭く考えているからではないでしょうか.もし「品質」を「製品・サービス,及びその実現プロセスを通して,顧客及びその他の関係者に提供する価値に対する価値の受取手の評価」と考えるならば,品質に関わる戦略というものは,事業戦略とほぼ同じということになるでしょう.そのように考える枠組みになっていない組織においても,上述のようなステップで考えて損はないはずです.
とにかく,このような検討を経て,品質に関わる戦略をどの範囲で考えるかに応じて,中期品質経営計画なり年度品質経営方針を,事業戦略実現のための品質戦略,品質方針,品質計画と位置づけて運用することができます.
このようなアプローチを先導するのは,CQOとそのスタッフである品質部門が最適です.考え方,検討方法を広め,当を得た方針,戦略を定めることに貢献する品質部門でありたいものです.
さて,方針・戦略を定め,これを実現するにあたっては以下のことに留意すべきす.
・方針策定:重点を絞った合理的かつ明確な全組織的方針の設定
・方針展開:方針の分解,方策への展開,各部門・各階層への展開
・管理指標:目的達成度合い把握のための指標,合理的目標の設定
・実施計画:方針達成のための具体的実施計画(5W1H)
・進捗管理:実施過程における進捗チェックとフォロー
・振り返り:年度末などにおける振り返りと次年度へのフィードバック
ここには簡単に記しましたが,現実に運営するとなるとそう簡単ではありません.その管轄・監視,支援・調整などは,CQO,品質部門が,必要に応じて経営企画部門などと協力して主体的役割を担うべきです.とくに,「振り返り」においては,CQO自らが主催する総合的レビューを計画・実施すべきでしょう.
■品質に関わる経営環境の動向・変化の把握と対応
ここまで述べてきたような経営機能に加えて,品質部門にはより広い視野,より長期的視点で,品質経営に関わる動向や価値観の変化などについて調査・分析・研究し,必要に応じてその結果を組織に適用するための提案を行う必要があります.
ここでいう調査・分析・研究とは,構築した品質保証体制の運用状況の把握・分析・評価・フォローという自らが企画・設計・構築・運用してきた仕組みの有効性評価と分析という自己完結的なPDCAにとどまらず,広い視野,高い視座から品質経営というものを考察しようとする活動です.
品質に関わる新たな概念,これまでの考え方の変更,品質を達成するための新たな方法論・手法・ツール,革新的な品質技術,マネジメントに関わる新たな理論・方法論,先端的な実践例などについて,様々なチャネルを通じて情報を入手し,その本質的な特徴・背景を分析し,自組織での適用を検討するかどうかを適時適切に判断することが期待されます.さらに視野を広げて,国際,経済,社会など経営をとりまく環境の変化にも高いアンテナで把握し,巡り巡ってどのような影響の連鎖があるか洞察することが必要です.
こうした品質経営参謀という経営機能を担っていくときに,大小,軽重さまざまな動向に浅慮に飛びつくのではなく,そのような新たな動きがでてきた事業環境の構造的変化,そのような概念・方法論が有効である根拠を理解したうえで,自組織にとっても必要な対応であるか,自組織にも有効な施策となり得るかを十分に考察したうえで対応していくべきです.これら一連の考察を取りまとめ,経営層に説明,提案するのは,中長期的な品質経営戦略を適時的確に定めるという意味でも,CQOおよびそのスタッフとしての品質部門が果たすべき極めて重要な経営機能です.
(飯塚悦功)