ここがポイント、QCツール 第3回 第1の役割:品質の展開<前編> (2016-10-25)
2016.10.25
前回の概要編では,QFDには以下のふたつの異なる役割があると説明しました.
役割1:品質の展開
役割2:品質機能の展開(業務機能展開)
これらに関する代表的な文献には以下のようなものがあります.
[1]水野滋,赤尾洋二編(1978):「品質機能展開」,日科技連
[2]赤尾洋二(1990):「品質展開入門‐品質機能展開活用マニュアル1」,日科技連
[3]大藤正,小野道照,赤尾洋二(1990):「品質展開法(1)‐品質機能展開活用マニュアル2」,日科技連
[4](社)日本品質管理学会編(2009):「新版 品質保証ガイドブック」,日科技連
本QFDの第2回目(ツール編通算で第3回目)では,これらの文献内容を踏まえて第1の役割である「品質の展開」の本質な意味,及び適用上の注意点などについて述べたいと思います.
1.品質展開の(主な)目的
まず,品質の展開を行うことの目的は何でしょうか.
それは一言で言えば,「顧客のニーズを確実に満たせるような製品を設計すること」に尽きます.
どんな製品・サービスの設計者であっても,当然ながら顧客のニーズを考慮して製品を設計しています.
しかしながら,設計担当者の頭の中でのみ考えていることが多いので抜け・漏れが発生しますし,何より本人以外からの気づきがありません.
また,設計者は技術者ですから,ときには無意識のうちにこの新しい技術を使ってこんな機能を実現できるのではないかという,顧客のニーズに関連が薄い機能を実現させようとすることもあります.
製品自体も大規模化・複雑化しているため,複数の設計者が役割分担することもあるので,なおさら,最終的に設計された製品が顧客のニーズを満たすように最適化されたものになっていない場合も少なくありません.
こうして,個々の設計者の能力は高く経験もあるが,往々にして顧客のニーズにマッチしない(≒売れない)製品を設計してしまう問題に直面することになります.
さらに,近年では多くのベテラン設計者が退職してしまい,設計技術の伝承がうまくできずに製品設計力の低下を嘆く企業も多くみられるようになりました.QFDの第1の品質の展開は,このような問題を解決する体系的な手段を提供することが目的です.
2.品質展開の実施手順が意味するところ
本メルマガは品質展開の手順を詳細に説明することが目的ではないので,その実施手順を大まかに捉えて,その本質的な意味に焦点を当てて解説します.
まず,品質展開の詳細な実施手順を大まかに分類すれば以下の1)~5)ようになると思います(カッコ内にその本質的な意味を書き込んでいます).
1)顧客の要求品質展開表の作成(真の顧客ニーズは何か)
2)重要要求品質の決定(競争優位の確立で満たすことが重要となる顧客ニーズは何か)
3)品質特性展開表の作成(製品が有すべき最終的な品質特性には何があるか)
4)品質表の作成(重要要求品質と品質特性との対応関係はどのようになっているか,ボトルネック技術は何か)
5)各品質特性で実現すべきスペック・仕様の決定(品質特性値をどのように設定すれば顧客ニーズを満たせるか)
まず1)は,品質表の縦軸の形作る要求品質展開表を作成します.
これは主に顧客の生の言語データに基づいて,顧客が求める真の要求(要求品質)を1次項目,2次項目と階層的に整理していくことになります.
その本質的な意味は,真の顧客ニーズが何であるかを抜け漏れなく体系的に明らかにし,“要求品質の構造”の全貌を把握することです.
2)は,1)で整理した顧客のニーズの中でどれを重視すべきかを検討します.
そのために,顧客自身がどのニーズを最も重要視しているかという視点と,競合との比較の視点の両方に基づいて自社が意思決定します.
つまり,自社が市場環境において競争優位を獲得し維持するために満たすべき顧客ニーズを明確にすることに他なりません.
3)については,最終的に品質特性項目(機能・性能,信頼性,安全性,操作性,デザインなど)としてどのようなものがあるかを決めます.
類似製品の場合は,過去の設計図を参考にして決めます.
4)がQFDの最も重要な特徴を有したところです.
ここでは品質表を作成しますが,品質表とは縦軸に1)で作成した要求品質展開表,横軸に3)の品質特性展開表を並べたマトリックス表(二元表)です.
縦軸の要求品質展開表で明らかになった各要求品質が,どの品質特性と関係しているかを◎,○,△などの記号で表現していきます.
つまり,重要要求品質を実現するためにはどの品質特性を考慮すべきかを明らかにすることになります.
関係がないところは空欄でよいですが,関係があるかどうかわからなくその如何によって製品が最終的に持つべき品質特性に大きな影響が与えそうだと思われるところは意図的に「?(不明)」と書くことがあります.
無知の知という言葉があるように,(知らなければならない重要なことなのに)それを知らないことを認識することは重要であり,設計の後段階になって想定外の致命的な問題が発生することを避けられます.
また,品質表を作成するもう一つの本質的な側面として,製品を実現するために必要な(潜在的な)ボトルネック技術が何であるかを明らかにすることが挙げられます.
上で述べた「?(不明)」と書かれた部分もボトルネック技術に該当しますが,それ以外に,実は横軸の品質特性展開表の上に品質特性項目どうしの関係を検討する“三角帽子”が存在します.
これにより,ある品質特性値を改善しようとしたら別の品質特性値が悪くなるようなトレード・オフ関係を把握することが可能となり,その検討結果を踏まえてボトルネック技術を抜け漏れなく特定できるのです.
最後の5)では,4)で作成した品質表で示された要求品質と品質特性項目との対応関係と,品質特性値どうしのトレード・オフ関係を踏まえて,各品質特性項目において具体的な設計値を指定することになります.
製品設計とは,製品が有すべき品質特性値を決めることですので,このステップが設計者にとって最も大事なところになります.
上記の1.でも述べましたように,5)より前の1)~4)は,従来は設計者の頭の中で実施されていましたが,それを手順として可視化・整理し,その結果を踏まえて5)の品質特性値の設定において確実に顧客ニーズが反映されるようにした(さらに設計根拠を明確にした)というのが品質の展開の最も本質的な部分となるのです.
3. 適用場面と得られる効用・メリット
多くの適用事例が既に様々な雑誌(学術誌含む)や学会発表に載っていますが,その適用場面と効用は次の2つに集約されるかと思います.
第1は,繰り返しになりますが,製品の企画,設計段階における製品設計仕様を決定する段階で適用されます.適合品質,設計品質という言葉がありますが,後者の設計品質を向上させるために用いられます.
これによって,顧客ニーズを実現する品質特性項目とその実現仕様の明確化,そして製品を実現する際に必要な技術であるがまだ開発が必要であるボトルネック技術の認識を,重要な効用・メリットとして挙げることができるでしょう.
第2は,“次の新たな”製品企画,設計段階での活用です.ゼロから品質表を作成することはかなり労力がいるものです.
しかし1度作成すれば,それはその製品の設計に必要な知識・技術が可視化・共有化されたことになり,蓄積していくことも容易です.
そして,最も重要なことは,次の類似した新しい製品を設計する際に,またゼロから品質表を作成するのではなく,共通部分はそのまま援用し,相違部分を明らかにしてそこの部分のみを重点的に検討すればよくなります.
これにより,過去に検討漏れがあったことが防げるだけでなく,設計開発時間の短縮にもつながるのです.品質表を作成した効用・メリットはむしろ,当該製品ではなく,その次の類似した新しい製品設計の時に一番発揮され,その効用が組織全体として確実に累積していくことにあるのです.
金子 雅明(東海大学)