ISO9001改正のこころ 第10回 「プロセスアプローチ(追補)」(2015-12-14)
2015.12.14
前号Vol.33の【編集後記】に,「プロセスアプローチ」についてもっと説明してほしいとの記述があり,読者からもフォローする声があったことから補足をしたい.
それに応じて,最終回の「ISO 9001改正の”こころ”のまとめ」は次週に先送りにさせていただく.
編集後記を書いている事務局長・青木(テクノファ社長)によれば,「概念は2000年版からあるわけですが,実際のQMSへの適用,運用において,普段できていること,わかっていることと,システム文書として落とし込んでいることにギャップがあることがどうにも気になっています.」とのことだった.
読者のお一人からは,そもそも「プロセスアプローチ」は,いつごろどのような経緯で生まれてきた概念なのかとの質問もいただいている.
さてさて,どこまでお応え(お答え?)できるか分からないが,挑戦してみる.
■プロセスアプローチとその適用
前号の最後のパートで,プロセスアプローチの中核となる考え方に対応して,これを適用した場合の具体的活動は以下のような要素から構成されると申し上げた.
①プロセスネットワーク
・QMSの目的(=顧客満足)に必要なプロセスの明確化
・それらのプロセス間の関係の明確化と運用
・プロセス間の関係のあり方の改善
②ユニットプロセス管理
・各プロセスの定義(当該プロセスに関連する要素の明確化)
インプット,アウトプット,活動(変換),資源,測定・管理など
・各プロセスの管理
プロセスを構成する要素の(PDCAの原則に従った)管理
・各プロセスの(機能の)改善
編集後記に記された青木の懸念に対しては,この内容をやや詳細に説明すればよいのかと思う.
■プロセスモデル+プロセスアプローチ → プロセスアプローチ
プロセスアプローチに従った具体的活動を考察する前に,この考え方がどのような経緯で生まれてきたのか説明しておこう.
ISO 9000ファミリー規格が「プロセスアプローチ」の採用を推奨し始めたのは,2000年改正からである.
プロセスアプローチが何を意味し,何をねらいにして生まれてきたのかを理解するためには,ISO 9000ファミリー規格2000年改正審議の過程でなされた「プロセスモデル」に関する議論を知っておくとよい.
2000年のISO 9000ファミリー規格の改正において「プロセスモデル」を採用するということは,その当時の改正作業の初期から,ISO 9000-1:1994におけるプロセスモデルに関する記述を受けて検討されていた.
この内容を検討したのは,故Don Marquardt(米国)に率いられたSC2/WG10であった.
この規格には,プロセスモデルの他,製品分類(ハードウェア,ソフトウェア,サービス,素材製品),利害関係者(顧客,従業員,取引先,社会,所有者),品質の側面(企画品質,設計品質,適合品質,サービス品質)などの概念に関する記述もなされていた.
2000年版ISO 9001とISO 9004の開発を担当したSC2/WG18は,開発の初期に「顧客インプットを,資源を使用しながら,顧客要求事項を満たすアウトプットに変換する活動群の図的表現」と「プロセスモデル」を検討していた.
この検討は,ISO 9001とISO 9004を,あらゆる業種・規模の組織に適用可能にするために,一般化したユニットプロセスに関する要求事項・指針を記述し,それらをQMSとして統合できるようにすることを目的としていた.
この考え方が,QMSを構成するプロセスネットワークという概念につながる.
ここに多少の混乱を引き起こす要因が加わった.それは,SC2/WG15が開発した品質マネジメントの8原則を,ISO 9000ファミリー規格に大々的に取り入れるという方針である.
その8原則の一つに「プロセスアプローチ」があった.
ここで強調されていたのは,QMSをどのようなプロセス群で構成して統合するかというよりは,業務を「インプット→プロセス→アウトプット」という図式で理解した上で,アウトプットの品質を高めるための思想や方法論を適用することであった.
これがユニットプロセス管理の考え方につながる.プロセスの管理にあたりPDCAの採用が示唆されもした.
2000年版のISO 9001の原案執筆の過程で,この「プロセスモデル」と「プロセスアプローチ」という2つの考え方がよく整理されないままにもち込まれ,これがその後の「プロセスアプローチ」に統合された.
ISO 9001の序文のプロセスアプローチの説明が分かりにくいのは,このためである. プロセスアプローチの理解のためには,このような事情を理解した上で補足しながら読む必要があった.
例えば,この序文にある図は,ISO 9001:2000の箇条4~8がPDCAのようなループを構成し,QMSの継続的改善につながることを示すものであるが,これだけでプロセスアプローチの全容が理解できるわけではない.
プロセスアプローチを理解するための図としては,
a)一つのプロセスの構成要素(インプット,アウトプット,資源,判定基準,責任・権限,リスク・機会など)を説明する概念図
b)QMSが,複数のプロセスがつながったネットワークのようなもので構成される概念図
c)ISO 9001が提示するQMSモデルがどのような代表的なプロセスから構成され,どのような相互関係をもつかを説明する図
の3つが必要なのだが,序文にあった図はこのうちの最後のものに対応するものとみなせる.
■ISO 9001モデルの適用
プロセスアプローチの理解に必要な,上述の3つの図のうちb)とc)について考えてみたい.
要するに,自社のQMSを構成するプロセスネットワークを明らかにするために,ISO 9001のQMSモデルに沿っていて,しかも自社のQMSの目的達成に必要なプロセスを特定する方法について考えたい.
c)については,表面的には簡単である.ISO 9001の箇条を適当な大きさでまとめ,それらを,QMSを構成する「プロセス」と言ってしまえばよいのだから.
だがこれでは,自社の状況に合ったQMSにはならない.事務局長青木のいう「ギャップ」の源である.各組織で頑張ってもらうしかない.
お勧めしたい方法がある.
まず,ISO 9001のモデルを参考に,ISO 9001での表現丸写しではなく,ISO 9001を参考にしながら,自社の業種・業態に相応しい表現で,必要な経営機能,あるいは品質機能を挙げてみることである.
例えば,価値提供の主プロセスの視点では,
①製品・サービス企画,
②設計・開発,
③製造・サービス実現,
④検証・確認,
⑤調達,
⑥提供・販売・サービス
があるが,
それが自社の事業ではどの機能・活動にあたるのか考察してみる.
同様に,経営資源の視点では,
①人材,
②技術・知識,
③施設・設備・治工具,
④ユーティリティ,
⑤支援プロセス
などが挙がってくるだろう.
他には,QMS全体を運営するフレームワーク機能として,
①監視・測定,
②評価・監査・診断,
③改善・革新,
④管轄・責任・権限
などがあるだろう.
次に,上記の一般的なモデルを頭に描きながら,自社の「事業構造」を再認識するとよい.
まずは,その事業分野にはどのようなプレーヤーがいて,どのような価値提供連鎖を構成し,どのような情報が流れ,どのような競争関係があるのかを理解することが基礎となる.
その上で,こうした事業環境において,事業で成功するためには,顧客にどのような価値を提供すべきであり,どのような能力・特徴で競争優位を確立すべきであり,またその能力をどのマネジメントシステム要素に実装すべきであるかを理解する.
ここで明らかになってきた,事業成功の鍵となる能力を実装すべきマネジメントシステム要素が,先に特定されているどのプロセスに該当するのかを明確にする.
該当する要素が抜けているなら追加する.
比較的大きなプロセスに埋もれているなら分割したプロセスにすることを考える.
こうして特定できたプロセス群は,自社の事業を運営するうえでの必要プロセスであり,経営のためのQMSと別物のQMSを認証のためだけに維持するような実にバカげた対応は減少するだろう.
ISO 9001では,ほとんど評価対象になっていないが,提供すべき価値→持つべき能力→実装すべきマネジメントシステム要素を現状と比較して明らかになる経営課題への対応方策が戦略となる.
根拠ある妥当な事業戦略と,QMS設計は表裏一体である.
■ユニットプロセスの管理
ユニットプロセスの管理においては,プロセスを構成する要素の理解が起点となる.
一つの例は,以下のような理解である.もちろんタートル図のようなモデルでもよい.
重要なことは,プロセスの目的を果たすために,どの要素が重要であり,どのような管理をしなければならないかを明確にすることである.それらの内容は,業務標準・指針に反映される.
・インプット:プロセスに入力され出力に変換されるモノ,情報,状態
例:モノ(原材料,部品,補助材,処理対象など),情報(指示,入力情報,参考情報など),状態(活動前の対象の初期状態)
・アウトプット:プロセスのインプットが変換されて出力されるモノ,情報,状態
例:モノ(製品,半製品,部品など),情報(出力情報,知識,分析結果,知見など),状態(最終状態)
・活動:インプットからアウトプットを得るために必要な諸活動
例:実施事項,手順,方法,条件
・リソース:プロセスの活動を支え,また投入される広義の経営資源
例:人材,供給者・パートナー,知識・技術,設備・機器,施設,作業・業務環境,ユーティリティ(電気,ガス,水など),支援プロセス,支援システム,インフラなど
・測定・管理:プロセスの目的達成,活動状況を把握し管理するための,測定・管理項目・管理指標,統制・介入,管理,責任・権限,役割分担など
例:アウトプット特性,プロセス活動状況,プロセス条件特性など
かなり長くなってきたが,プロセスの管理において推奨される「PDCA」についてひと言だけ付け加えて終わりにしたい.
以下は,PDCAを少しだけ分解したものである
Plan:計画
P1:目的,目標,ねらいの明確化
P2:目的達成のための手段・方法の決定
Do:実施
D1:実施準備・整備
D2:計画・指定・標準通りの実施
Check:確認
C1:目標達成に関わる進捗確認,分析,処置
C2:副作用・副次効果の確認,対応
Act:処置
A1:応急処置,影響拡大防止
A2:再発防止,未然防止
それぞれ,重要であり,留意すべき点があるのだが,長すぎるのでここで終わりにしておきたい.一つだけ,PDCAサイクルとか,PDCAを回すとか言うが,それは主に,A2の反映としてP2を改訂して,次の機会での目的達成の可能性を向上することをいう.
これがプロセス・システムの改善であり、マネジメント・レベルの向上と言われるものの基礎である.
(飯塚悦功)