概念編 第18回 変化への対応能力のシステム化(2015-09-28)
2015.09.28
■「変化への対応能力のシステム化」とは何か
過去2回にわたって「変化への対応能力」について語ってきました。
今回は、その「変化への対応能力」の「システム化」について考えたいと思います。
これは一体どういう意味なのでしょうか。
このシリーズでは、成熟経済社会における経営のあり方について、製品・サービスを通して顧客に価値を提供するという「事業」の原点に戻って考察することによって、一気に視界が開けると説いて来ました。
キーワードを並べるなら、「価値」、「能力」、「事業シナリオ」、「システム化」、そして「変化」です。
このキーワードのうち「システム化」とは、「事業シナリオ」を実現するために必要な「能力」の日常化、すなわちQMSへの実装でした。
「思いを形に」とも表現しました。
現在の事業環境・事業構造において、このような能力を持っていることが、競争優位の観点から必要だと分かったとして、その能力を日常的に発揮できるようにするためには、QMSに実装しなければならないと説明してきました。
必要な能力を担うプロセス(経営要素、経営機能)を特定し、そのプロセスを支える経営リソース(人、組織、設備、技術・知識、財源など)を整備しなければなりません。
「変化への対応に必要な能力」についても同様です。
その能力を日常的に(あるいは必要なときにいつでも)発揮できるように、該当するプロセスをQMSの要素として組み込んでおき、運用できるようにしておかねばなりません。
■「変化への対応」プロセス
QMSの要素として組み込むべき「変化への対応プロセス」はどのような機能を有すべきでしょうか。
それは、2回にわたって考察してきた、
・変化の様相を認識し、変化の意味(事業構造の変化)を理解する
・提供価値や持つべき能力の変更の必要性を判断する
・必要な革新を構想・計画し、現実に革新する
などでしょう。
QMSには、これらの機能を担う具体的なプロセス(担当、実行手順など)が組み込まれていなければなりません。
こうしたプロセスがまともに機能するためには、情報・知識マネジメントプロセスと総称される、情報収集、蓄積、解析、知識化、検索、活用などの基盤プロセスが確立していなければなりません。
さらに、これらの諸プロセスが適時適切に有効に機能するような組織であるためには、組織の文化・風土、そして価値観も重要です。
例えば、以下のような組織文化は、変化への対応のためのプロセスを円滑に機能させるために有効です。
- 外向き:外部の状況に対する感受性が高く、わが身がどうあるべきか考える
- 内部コミュニケーション:組織内のコミュニケーションが良好で、情報共有・価値観共有がなされている
- 非属人的意思決定:誰が考えているかというような属人的ではなく、事実に基づく判断が尊重される
- DNA:自律・自治の精神、積極性など、好ましい組織のDNAが息づいている
■JIS Q 9005における組織革新プロセスモデル
実は、変化への対応能力を強く意識したQMSのモデルがあります。
それは昨2014年11月22日に発行されたJIS Q 9005:2014改正版(品質マネジメントシステム-持続的成功の指針)です。
このシリーズの第17回(概念編第13回「事業シナリオ実現のための品質マネジメントシステム」、2015-08-17)で紹介されています。
このJIS規格の本体部分は、以下のような箇条から成り立っています。
4 持続的成功のための品質マネジメントの基礎概念
5 品質マネジメントシステムの企画
6 品質マネジメントシステムの構築及び運用
7 経営資源の運用管理
8 製品・サービス実現
9 監視,測定及び分析
10 品質マネジメントシステムの改善
11 品質マネジメントシステムの革新
このうち、箇条5が、このシリーズで解説してきた、価値を起点に事業のあり方を考察し、それに基づいてQMSの企画・設計をする機能を担うプロセスについての指針です。
5 品質マネジメントシステムの企画
5.1 一般
5.2 企画におけるトップマネジメントのリーダシップ
5.3 提供する顧客価値の明確化
5.4 もつべき能力及びい(活)かすことができる特徴の特定
5.5 品質マネジメントシステムの設計
5.6 品質マネジメントシステムに対する要求事項の明確化
そして、今回主題にしている変化に対応するためのQMSプロセスは、箇条9~11、とくに箇条11に記されています。
9 監視,測定及び分析
9.1 一般
9.2 製品・サービス及びプロセスの監視,測定及び分析
9.3 顧客及びその他の利害関係者の認識の監視,測定及び分析
9.4 事業環境の変化及びパフォーマンスの監視,測定及び分析
10 品質マネジメントシステムの改善
10.1 改善
10.2 内部監査
10.3 トップマネジメントによる有効性レビュー
11 品質マネジメントシステムの革新
11.1 革新
11.2 自己評価
11.3 トップマネジメントによる戦略的レビュー
■戦略的レビュー
まず、箇条9の9.4(事業環境の変化及びパフォーマンスの監視,測定及び分析)に注目して下さい。
9.2が製品・サービス、プロセスについて、9.3が組織の利害関係者の認識について関心を持つものですが、9.4は変化に注目し、事業環境に適合したQMSとして然るべきパフォーマンスを実現しているかどうかを問題にしています。
次に、箇条10(改善)と箇条11(革新)を対照的に見て下さい。
ここで改善とは、箇条5によって設計・構築・運用されたQMSが所期の目的を達成できるようにQMSを改善するという意味です。
10.3の「有効性レビュー」とは、ISO 9001の「マネジメントレビュー」に相当するプロセスです。
「革新」とは、事業環境の変化に応じて、もしくは組織の意思によって、QMSの再設計・再構築、つまりは技術、製品・サービス、組織、プロセス、QMSの革新を行うことを意味しています。
その必要性の判断と革新の構想を担うプロセスが、11.2の「自己評価」と11.3の「戦略的レビュー」です。
この「自己評価」は、巷に流布する自己評価とは似て非なるものです。通常は、あるQMSモデルへの適合を、チェックリストなどを用いて確認・採点し、総合点を算出するのが一般的です。ここでの自己評価は採点が目的ではありません。「革新」の必要性を判断するための材料提供です。そして「戦略的レビュー」は、箇条10の「内部監査」、「有効性レビュー」、さらに「自己評価」の結果を踏まえて、革新の必要性を判断する機会です。
前回、自己を変革することは、人間の保守性ゆえに難しいと申し上げました。
革新の必要性判断を、トップ層にだけ任せておくと、たとえ環境認識に誤りがなくても、どうしても遅れ勝ちになります。
この経営プロセスを健全に機能させるためには、公式のプロセスとして「システム化」しておきことが必要です。
JIS Q 9005は、そのようなねらいをもって、革新のプロセスを明示的にQMS要素としています。
(飯塚悦功)