序論 第2回 新・品質の時代を迎えて(2015-05-11)
2015.05.11
■品質立国日本
1980年のこと、米国の3大テレビネットワークの一つNBCで“If Japan can…, why can’t we?”という番組が放映されました。
番組の主題は、工業製品において世界に冠たる品質を誇り奇跡的な経済発展を遂げた日本の成功の理由を分析し、「日本にできてなぜ米国にできないのか」と訴えるものでした。
確かに、歴史的事実として、日本は1980年代に、品質立国日本、ものづくり大国日本、ジャパン・アズ・ナンバーワンなどともてはやされ、品質を武器に工業製品の競争力を確保して世界の経済大国にのし上がりました。
まず手始めに1970年代に、鉄鋼において大型の高炉とコンピュータ制御を武器に米国の鉄鋼産業に致命的な打撃を与えました。
そして、低燃費、高信頼性、高品位によって米国の自動車産業に参入し、アメリカ市場で高い評価を得ました。
さらには、家電製品、半導体でも、圧倒的な高品質、高信頼性、合理的な価格によって、世界の市場を席巻しました。
ついには、日米経済戦争などといわれる経済摩擦を起こすに至ります。こうした経済・産業活動を支えたもの、それは日本的経営と日本的品質管理であったと言ってよいでしょう。
品質立国日本はなぜ可能であったのでしょうか。
それはまさに、時代が品質を求めていたからにほかなりません。
時代は、工業製品の大衆化、すなわち品質の良い工業製品を妥当な価格で提供することによる市場拡大による経済高度成長期にありました。
そのような経済社会における競争優位要因は「品質」です。
顧客の要求に応える製品を設計し、仕様どおりの製品を安定して実現する能力を持つことによって、良質安価な工業製品が生まれます。
工業製品の企画、設計・開発、生産、調達、販売・サービスで成功するためには、顧客のニーズの構造を知り、ニーズを実現するために必要な技術根拠を熟知し、必要な機能・性能・信頼性・安全性・操作性などを考慮した合理的な製品設計をし、品質・コスト・生産性を考慮した工程設計をし、安定した製造工程を実現し、顧客ニーズに適合する製品を提供し続ける経営システムを構築し運営する必要があります。
こうして顧客が満足する品質のよい製品を合理的なコストで生み出すことができれば、安定した利益を確保できます。
経営において品質の考え方と方法論を適用することが、工業製品の提供で成功する有力な方法なのです。
品質の重要性を認識し、これを経営の中心に置いたこと、これが品質立国日本を成立させた理由でした。
■成熟経済社会への変化
1990年代半ば以降、「品質立国日本」の相対的地位が落ちました。
日本はかつて一人当たりGDPで世界2位だったことがあります。
OECDのAnnual National Accounts Databaseによれば、1980年の17位から順調に順位を上げ1989年には3位に位置づけされ、1990年代は2~5位程度で推移しました。
しかし21世紀を迎え、下降の一途をたどります。
2000年3位、2005年15位、2008年19位、2010年14位です。いま上位にはヨーロッパの国々が並んでいます。
スイスのシンクタンクIMDの世界競争力ランキングの推移はもっと劇的です。
このランキングは世界の主要約50ヵ国について国の総合的な競争力を測るものです。
1997年以降の日本は16~27位の間を推移しています。
この間、同率首位も含め1位はずっとアメリカです。
1996年以前の日本の順位は4位以内で、1988~92年は1位にランクされていました。
この時期がピタリとバブル経済期に合致することもあり、いかにも泡沫バブルの1位で実質を伴っていないと見ることもできます。
でも、少なくともある時期にある尺度で1位にランク付けされたことだけは事実です。
その日本は、いま世界で20位くらいの国なのです。
日本の地位低下の原因は、社会・経済・産業の構造変化に伴う競争優位要因の変化に、日本の社会・経済の構造、さらには各企業の経営スタイルが十分に対応できていないことによります。
バブル経済によって認識が遅れましたが、日本の経済社会は、1980年代半ばには、成熟経済社会期に移行していました。
こうした変化は、事業における経済構造と競争優位要因の変化を引き起こします。
競争優位要因とは、事業において競争優位に立つために必要な能力・側面であり、事業環境が変化すれば、当然のことながら変化します。
経済、産業の構造の変化とは、事業の構造、役割分担、競合構造の変化であり、例えば生産基地のシフト、生産-消費地関係の変化、生産委託の状況の変化、コスト構造の変化、新たな競合の登場などです。
■新・品質の時代
成熟経済社会は変化の時代といえます。
量的な変化は小さいものの、質的な変化は速くて大きいことに留意しなければいけません。
変化の時代にあって、組織はどのような事業環境にあっても成功できるような経営を求められています。
工業製品の大衆による経済高度成長における競争優位要因が品質であったからこそ、「品質立国日本」が成立しました。
高度成長期とは、実に「品質の時代」だったのです。
時代は移り、いま「新・品質の時代」を迎えています。
30年前までの四半世紀とは異なる意味での品質を中心に置くべき時代が来ているといえます。
高度成長期とは異なる意味での品質に中心を置くとはどう意味でしょうか。
製品・サービスを通して提供する価値に対する顧客の評価という意味での「品質」に関する概念を拡大・深化させるということでしょう。
ここでは「ホンモノ」という用語を使わせて下さい。
成熟経済社会の品質経営において、顧客に提供される製品・サービスは「ホンモノ」でなければならないと思います。
ここで、ホンモノとは、以下の3つの意味でのことです。
① ニーズ:満たすべきニーズの充足
- ・ 真のニーズを満たす
- ・ 満たすべき潜在ニーズを満たす
- ・ 真っ当な、まともな、正しいニーズを満たす
② 技術:超一流の技術、プロセス
- ・ 最適な技術(=ニーズを満たす実現方法・手段)の選択
- ・ 高度な技術、成熟度の高い技術
- ・ 深慮技術(使用・環境条件に対する広く深い考慮、予測と予防)
- ・ 機能美、究めるこころ、こだわりの技術
③ こころ:心を込めて作り上げる一流のひと
- ・ 高い意欲、心意気
- ・ 広く深い豊かな知識
- ・ 高い技能、スキル
すなわち、成熟経済社会の製品・サービスは、真のニーズ、潜在ニーズ、正しいニーズを満たすホンモノであり、また超一流の技術・プロセスによる、考慮の行き届いたホンモノであり、さらに、一流の人が心を込めて作り上げたホンモノでなければ通用しないと考えるべきでしょう。
■経営における品質の意義
前回(2015-04-28)、「ISO 9000への期待」の項で述べましたように、経営の目的は、製品・サービスを通して顧客に価値を提供することにあり、その価値に対する顧客の評価としての品質こそが経営の直接的な目的となるという意味で、経営における品質の重要性を再認識することができます。
このように、品質を中核に置く経営アプローチは、どのような経営環境においても有効な経営ツールとなり得ます。
1960年~1980年代半ばに実現した品質立国日本は、工業製品の大衆化による経済高度成長期にあって、品質が競争優位要因であったことによります。
当時、日本の品質マネジメントが経営に貢献してきたのは、それが競争優位要因である品質のためのマネジメントのモデルとして優れていたからにほかなりません。
1980年代終わり以降、日本は成熟経済社会に移行し、これに適応した経営が求められています。
経営の目的が、製品・サービスを通して顧客に価値を提供し、その対価から得られる利益を源泉として、この価値提供の再生産サイクルを回すことにあるという基本概念は不変です。
こうした品質の意味の基本を継承しつつ、前項で述べた「ホンモノ」というような概念を導入して時代に適応して適切に拡大・深化させ、さらに品質のためのマネジメント(顧客価値提供マネジメント)のモデルも進化させることによって、品質マネジメントは現代の経営においてもなお有用な経営ツールとなるものと信じます。
(飯塚悦功)