ISO9001改正のこころ 第11回 QMSの自律的設計に向けて(2015-12-21)
2015.12.24
ISO 9001:2015改正版の”こころ”をリレー解説してきたこのシリーズも今回で中締めとしたい.
■メルマガ発信者の”こころ”
4名のメルマガ発信者が,ISO 9001:2015改正版のこころと感じたこと,私たちが皆さまに訴えたかったことは何だったとお考えだろうか.
それは「QMSの自律的設計のすすめ」である.
ISO 9001は,言うまでもなくQMSの一つのモデルである.
より広く深い範囲に焦点を当てたモデルとしてISO 9004がある.
品質マネジメントのモデルや指針としてなら,品質立国日本の立役者ともいえる「デミング賞」がある.
1990年代には「経営品質」という概念を広めた「日本品質経営賞」がある.
その元祖の米国の「マルコムボールドリッジ国家品質賞」もある.
いずれもが,経営(事業運営)における品質の重要性を指摘し,利益を性急・浅薄に求めるのではなく,顧客に焦点を当てた経営こそが本来の経営であり,その経営は結果的に妥当な利益をもたらし,それが持続的な顧客志向の経営を支える原資となる,と説いている.
ISO 9001を基準とするQMS認証においては,当然のことながら,品質のためのマネジメントシステムが問題にされる.
この”品質のために”に,大きな意味が潜んでいる.
品質(ISO 9000)は,環境(14000),食品安全(22000),情報セキュリティ(27000),エネルギー(50000)などのためのマネジメントシステムとは相当に性格が異なることに注意した方がよい.
あらゆる組織は,製品・サービスを通して顧客に価値を提供するために設立され運営される.
品質とは,顧客に提供した価値に対する顧客の評価と考えると,品質マネジメントは,経営の中心に位置づけられ,事業運営の相当部分を対象とすることになる.
環境は,現代の経営において重大な考慮を払うべき,ある一つの側面である.
それに対し品質は,ある一つの側面というより,経営において中心に位置づけるべき,経営の重大関心事といえる.
品質が経営の中心に位置づけされるべきものであるという考えにこそ,ISO 9001を経営の有効な道具にするヒントがある.
認証のためのQMSの形式的運営とホンネの経営という二重のマネジメントシステムの運営から脱却し,ISO 9001を組織の経営の基盤とする考え方に気づくべきである.
それを促すのが,今回のシリーズで解説を試みた,箇条4が誘導する「QMSの自律的設計」である.
■ISO 9001:2015をどう受けとめるか
ISO 9001:2015は,1987年の初版から数えると,2度目の大改正となる.
1994年に小さな改正,2000年に大改正,そして2008年にその追補版発行という歴史を経てのことである.
ご承知のように,QMS認証の移行期間は3年である.
2000年の大改正のときでさえ2年であったことを考えても,今回の改正は小さいとは言えない.
それにもかかわらず,認証機関の一部には,本質的には何も変わらない,基本的にいまのままで移行が可能と言っているとの噂を聞く.
認証組織を逃したくないからなのかもしれないが,いかがなものかと耳を疑う.
基本的には,QMSの性格,すなわち目的やScope(適用範囲)は変わらない.
品質保証の方法論として,そのレベルを大きく上げたわけではない.
だから,認証組織を恐怖に陥れたくない認証機関の言うことは,ある意味では正しい.
私が気になるのは,「いまのままで移行が可能」という点である.
目的も適用範囲もレベルも基本的には変わらないが,QMSの目的(=顧客満足)を以前より効果的に達成できるような工夫がされている.
最も大きな変更は,構造と言えるだろう.
マネジメントシステム規格の共通構造,共通テキスト,共通用語を規定する「附属書SL」の構造に従うようになったからである.
だが,このことは,規格の要求の本質的内容にはあまり関係ない.
むしろ,附属書SLに沿った要求事項になって,箇条4が規定する,組織の状況に応じたQMS構築,あるいはQMSの自律的設計が,大きな変更と言える.
だが,ISO 9001のこれまでの版の序文に,組織の状況に相応しいQMSを構築・運用するようにとの記述があったことを考えれば,変更と言えないかもしれない.
賢い対応を期待してきたのに,受動的な対応しかできない組織が多いことから,自律的なQMS設計の方法を要求事項に明示したとも言える.
今回の改正は,ISO 9001という認証基準に対し,たとえ実態から離れ現実的でなくても,表面的・形式的にその基準に適合して認証を取得さえすればよい,という受動的・迎合的な対応から抜け出す好機と受けとめたい.
■ISO 9001の有効活用
ISO 9001:2015の内容の充実には,組織の状況に応じたQMS構築 (4.1, 4.2, 4.3)の他にも,以下のような事項がある.
・事業への組み込みの強化 (5.1, 5.2)
・QMSの方針及び目標と組織の戦略との密接な関連付け (5.2,6.2)
・リスクへの取り組み (6.1, 9.1.3)
・パフォーマンス改善要求の強化 (9.3, 10.1)
・一層の顧客重視(5.1.1, 5.1.2)
・文書類に対する一層の柔軟性 (7.5)
・組織的な知識の獲得 (7.1.6)
・ヒューマンエラーへの取り組み(8.5.1)
いずれも,これまでの版のQMS基準に合理的に適合しようとすれば,自然にそうするだろうというような要求事項ばかりである.
今回の改正は,それらを明示的に要求しているだけのことだ,と受けとめればよい.
例えば,「組織の状況に応じたQMS構築」とは,QMSを巡るPDCAは3重になっていることの再認識の機会でもある.
最も小さなPDCAは,ある製品・サービスの実現・提供の過程におけるPDCAである.
QMSレベルのPDCA,すなわちQMSの計画,運用,改善というPDCAもある.
そして最も大きなPDCAは,事業環境の変化に応じて必要となるQMSの革新につながるPDCAである.
今回の改正の最も大きな点は「リスク」だという方もいる.
だが,良く考えてみてほしい.
何ごとであれ,計画立案においては,リスクを考慮するのが当然であり,賢い人や組織はそれをやってきた.
今回の改正版では,そのことを「リスクに基づく考え方」と称して解説し,要求事項に明記しているだけのことである.
「パフォーマンス改善要求の強化」というのは,2008年改訂のときに議論になった”Output matters”という課題に対する解答である.
すなわち,ISO 9001の要求事項に適合していても,そのQMSの運営の結果としての製品・サービスが顧客満足というQMSの目的を達成できないのはおかしい,という問題提起への対応である.
その心は,QMS要求事項への適合が,QMSの目的にどのように貢献するか,その目的・手段関係を理解したうえで,効果的なQMSを構築・運営すべき,というところにある.
「組織的な知識の獲得」は,QMSというマネジメントシステムの運用においては,それに埋め込まれている製品・サービスに固有の知識・技術が重要であり,QMSという”仏”を作ったら,知識・技術という”魂”を入れなければ,そのQMSは効果的なものにならないということから明記された要求である.
これも賢い組織は,以前からそのようなISO 9001適合QMSを構築し運営してきた.
例を挙げていけばキリがないのでこれくらいにしておくが,ISO 9001:2015には,これを基盤にして,自らの事業に相応しい(競争優位の)QMSを設計・構築・運営するためのヒントが詰まっている.
どうか深読みをしてほしい.
そうすれば,認証という手段を目的化することなく,これを道具にまともなQMSを構築・運用できるだろう.
■まとめ
つまるところ,ISO 9001というQMSモデル,あるいはISO 9001を基準とするQMS認証という社会制度は,それを参考にし,それに対応する組織にとって,経営を取り巻く事業環境の一つの要素に過ぎない.
そうした環境において,まともな経営をしていくためには,自律性が必要である.
事業の構造(どのようなプレーヤーがいて,どのような関係になっているか)を理解し,誰にどのような価値を提供すべきであり,そのために自らがどのような能力を持つべきであり,それらの能力を日常化するためにどのようなQMSを構築すべきかを考察する必要がある.
その考察において,参考になるかもしれず,自らが構築すべきQMSの基盤になりうるのがISO 9001のQMSモデルである.
(飯塚悦功)