新シリーズ!! 第1回 ISO9001の源流 (2015-09-24)
2015.09.24
はじめに
ISO9001が2015年9月23日に改正された。ISO9001 の初版は1987年に発行されたが、1994年に第1回目の改正、2000年に2回目の改正、2008年に3回目の改正、そして今回は4回目の改正になる。
多くの人が言うように、今回の改正はISO9001改正の歴史の中で一番大きな改正である。
2000年改正では、ISO9001が取り組む対象が品質保証から品質マネジメントに変わり、大きな改正であると言われたが、今回の改正はISOマネジメントシステム規格(MSS:Management System Standard)すべてを網羅することに関係しての改正であり、大きな変化をISOマネジメントシステムの世界に及ぼすものである。
それは2012年発行の「附属書SL」の出現によってもたらされた。
附属書SLは別名「共通テキスト」とも呼ばれ、現在13種あると言われるMSS (品質、環境、情報セキュリティ、食品、ITサービス、教育、イベント、アセット、社会セキュリティ、エネルギー管理、道路交通、事業継続、労働安全(開発中)) をはじめ80種くらいあるガイド文書すべてに適用される規格作成専門家向けの指針文書である。附属書SLについては第1回で解説する。
この「ISO9001改正のこころ」は、執筆者4名(平林、住本、村川、飯塚:執筆順)がリレーして今回の2015年改正の背景、狙い、期待などを書き連ねていく。
執筆者はいずれも超ISO企業研究会のメンバーで長年ISO9001の啓蒙、普及に携わってきた者たちである(文責 平林良人)。
第1回 ISO9001の源流 超ISO企業研究会副会長 平林良人 (テクノファ取締役会長)
ISOが最初に発行したMSSは,1987年発行の品質保証の規格ISO9001 / 9002 / 9003であった。
その1980年代,イギリスにおいてはBS5750(ISO9001のベース規格の一つであるといわれている)を審査基準とした認証制度が既に実施されていた。
この制度は、イギリス国内規格BS(British Standard)が国際規格ISOに格上げされると、順調に発展し今日の世界的な第三者認証制度につながった。
当時、世界各国の製造メーカは製造工程における品質保証について熱心に取り組んでいたが、この取組みのことを総称して「内部品質保証」と言っていた。
それに対して、「外部品質保証」という言い方で、顧客からの視点で品質保証をすべきであるという考え方が広まった。
顧客は現在の品質だけでなく今後とも同様な品質、できればなお向上された品質の製品、サービスを欲しいと期待している。
そのような顧客の期待に応えるためには、現在の状態を良くするとともに、今後もその状態が維持できるようにしておかなければならない。
そして、このような意図で構築した仕掛けを「組織の能力」として社会にアピールするとよい。
1987年に発行されたISO9001規格には、規格の骨子としてどのような仕掛けを構築すればよいのかが規定されていた。それは次のような考え方に沿ったものであった。
(1)良い状態を明らかにする。
(2)関係者に見えるようにする。
(3)関係者が守るようにする。
(4)途中で確認する。
(5)成果を確認する。
(6)よくない成果については直す。
(7)以上を繰り返す。
筆者は1986年から1992年までイギリスの製造メーカの工場長をしていたが、当時のヨーロッパのメーカの実態を知る者として、この考え方は大方の産業人の同意を得るものであった。
当時、多くのメーカは部品購入において二者監査を頻繁に行っていた。
この二者監査は、する方もされる方も時間、要員及び書類作成などに多くの負担を組織に強いるものであり、その効率化の推進は当時の多くの企業の要望であった。
その二者監査に代わりうるとして登場したのが当時の認証制度であった。
第三者がメーカに代わって客観的な目でサプライヤーを評価し,その結果を証明する認証制度はイギリスを中心にヨーロッパに広まり,次第に世界に浸透していった。
この制度が世界的に確立したのはこの1995年くらいであるが、以来、世界中でISOマネジメントシステム規格に基づく第三者認証制度が急速に広まった。
筆者はイギリスの工場長時代、1,000人くらいの工場でISO9002の認証を取った経験がある。
その時に戸惑ったのが「品質マニュアル」の作成であった。
当時のISO9002規格には品質マニュアル作成の要求事項は無かったが、認証機関の要求で言われるがまま品質マニュアルの作成に取り掛かった。
しかし、品質マニュアルのコンセプトがよく分からない。
審査員に質問すると返ってきた回答は次のようなものであった。
「御社はプリタの製品取り扱いマニュアルを作成していますが、それと同じ要領で御社の品質取扱いマニュアルを作成してください。それは詳細なものではなくて考え方でよいですよ。」
その後のやりとりを纏めると次のようなものになるだろう。
・ISO9002はフィクションである。きれいごと、すなわち理想のストーリーを書いている。
・リアリティが存在するのは御社のプロセスであって、そのプロセスに理想のモデルであるISO9002要求事項を入れ込んでもらいたい。
・設計に関する要求事項は、御社の設計プロセスへ入れ込むことでよいが、コミュニケーション、力量などに関することはすべてのプロセスに入れ込んでもらいたい。
・ただし、全てのプロセスで実施するということは、どこのプロセスでも実施しないことにつながるので、特に必要であると思われるプロセスに入れ込むことがよいであろう。
このような経験をした3年後には筆者は日本に帰任することになるが、当時工場で発生していたクレームが激減したことを覚えている。
ヨーロッパ発の認証制度は過去30年の間,世界の産業界にいろいろな貢献をしてきたと思うが、一方で、認証ビジネスの世界では認証機関同士の顧客獲得競争が激化し、そのために徐々に制度に緩みが見られるようになってきた。
2000年頃からISO認証制度に対して聞かれるようになってきた批判には次のようなものがある。
・認証のためのシステムが形式的に構築され、日常の組織活動とは異なる二重の仕組みが作られてしまっている。
形式的なシステムの構築では組織が期待するパフォーマンスの向上は達成できるはずもなく、マネジメントシステムを構築しても当初期待した成果が得られないという組織が多くなってきた。
規格の意図が作成者の思ったように伝わらないのは、読み手にも問題があるが、規定の仕方にもさらなる工夫が必要であるという問題意識からMSSを総合的に見直すという機運が高まった。
2008年に発行されたISO9001の序文には次のような一節がある。
「品質マネジメントシステムの採用は、組織の戦略上の決定によることが望ましい。組織における品質マネジメントシステムの設計及び実施は、次の事項によって影響を受ける。
a) 組織環境,組織環境の変化,及び組織環境に関連するリスク
b) 多様なニーズ
c) 固有な目標
d) 提供する製品
e) 用いるプロセス
f) 規模及び組織構造 」
このように,序文にマネジメントシステムの本質、意図が書かれているが、多くのユーザーは要求事項である箇条4から読むため、ISOの規格策定の意図が正しく伝わっていない可能性が高い。
ISOは2002年に設立されたJTG(Joint Task Group)を発展的に解消し、2006年にJTCG(Joint Technical Coordination Group)をISO役員会(TMB)直轄の委員会として発足させた。
その活動の結果、2012年、規格開発者・専門家向けの“ISO/IEC専門業務用指針 第1部”に附属書SLが編集された。
この附属書SLの中にある“上位構造,共通の中核となるテキスト、共通用語及び中核となる定義”は、2012年以降のすべてのマネジメントシステム規格が、原則として、順守しなければならない共通の要求事項となった。
今回の共通テキストの箇条4.1、4.2、4.3、4.4には従来序文に書かれていたマネジメントシステムの本質、意図が推奨事項としてではなく要求事項として登場してきたといってよい。
今回改正されたISO9001:2015を総括的に表現するならば、組織は自身の経営環境、自身の実態、及び利害関係者のニーズと期待を見つめ、取り組むべき課題を明確にし、意図する成果を達成することを要求している。
ISO規格はあくまでもモデルであって実際に存在するものではない。
実在するのは、組織が日々運用している事業活動であり、そこで日々運用されている自分たちの活動である。
この極めて当たり前のことをもう一度かみしめてISOマネジメントシステムを活用していくならば、必ず競争力のある組織になるであろう。