昨今の品質不祥事問題を読み解く 第21回 品質不祥事はなぜ起きるのか?(4) (2018-10-8)
2018.10.09
いままで3回にわたって昨年から今年にかけての不祥事について述べてきましたが、最後はどのようにすべきかについて、経営環境の変化に関連して私の思うところを書かせていただきます。
≪経営者が今後考えるべきこと-変化への対応≫
「いつの間にか」という言葉に不祥事を起こすカギが潜んでいると思いつつ今回の連載を書いていますが、企業経営においては、多くの事がいつの間にか変わっています。
経営において、変化を意識して定期的に自分たちのポジションを確認、評価し、なにが、いつ、どのように変わったかを自覚することは、重要なことです。
変化への対応の例とし次の2項目を上げます。
・情報伝達(コミュニケーション)
・組織構造、プロセス、標準、規定
〈 情報伝達(コミュニケーション) 〉
ここで述べる情報伝達は悪いことに関する情報伝達です。良いことは黙っていても情報伝達されてくることが多いのですが、ネガティブなことはどこかで立ち消えてしまいます。企業において、末端からトップに悪い情報がどの程度上がってきているのかを意識する必要があると思います。情報伝達をスムーズにするためには、従業員の積極的な参加が不可欠ですが、従業者の心理が悪いことの情報伝達に大きく影響します。担当者が問題をオープンにしたときには、管理者はその勇気に対して賞賛をもって「よくオープンにしてくれた。」と応じなければなりません。上司が「そんなことをやっては駄目じゃないか」と怒れば、部下はすべてを隠してしまうことになります。
企業が問題や失敗を隠さずにオープンにして、未然防止に繋げることは重要なことです。
人間は失敗することを認め、それをいかに体系的かつ科学的に防いでいくかの大切さを周知することも重要です。
問題なのは、問題があることではなく、それを隠し、そのまま潜在化させることである、ということを全従業員に理解してもらいます。
多くの効果的な情報伝達プログラムが存在します。航空業界における航空安全報告システム(ASRS:Aviation Safety Reporting System)には、次のことが明確に規定されています。
・制裁処分からの保護
・匿名化、極秘性の徹底
・情報収集・分析部門と、人事部門の分離
・情報報告者への随時のフィードバック
・容易に情報伝達できるシステム
以下は2005年に起きたある事故の社長の反省の弁です。
「当社は多くの現場、社員を抱えていることから、現場とのコミュニケーションは支社に委ねざるを得ないとの意識が経営層にあり、経営トップが現場に足を運ぶことが少なく、現場の状況を的確に把握していなかった。 また、支社においても、会議を通じての実態把握に主体を置いており、現場社員との双方向コミュニケーションが不足していた。現場からボトムアップされるべき情報が支社・本社に連絡されにくい状況とあいまって、本社と現場との双方向のコミュニケーションはほとんど行われていなかった。」
〈 組織構造、プロセス、標準、規定 〉
企業は経営環境に対応するために組織構造を変えます。恐竜絶滅の教訓を引き合いに、環境に順応しない組織は滅びるといわれるように、企業も環境に対応し自らが変わらないと生きていけません。
今日のような変化の激しい時代になりますと、組織変更は最低でも年に1回、多い企業ですと年に3,4回も組織変更をします。
なかには企業の買収、売却などの大きな変化に対応しての組織変更もあります。
大企業の組織構造はいままでの歴史の中から、分課分掌規程でその枠組みが明確にされていますので、相当大きな変更に直面しない限りは、分課分掌規程の一部手直し位で対応する場合が多いようです。
経営環境変化への対応として、組織構造を変更する場合には次のようなことに適切な対応をとることが必要です。
①製品・サービスの変化
②上記に対応するプロセス(活動)の変更
③関係する部門の役割り、責任、権限の変更
④部門のアウトプットの変更
⑤アウトプットの特性の明確化
⑥特性の管理項目の決定
⑦管理水準の決定
⑧以上の可視化と周知徹底
多くの企業は、組織変更において①~③までしか行わず、④以降は明確にしない場合が多いように思います。
企業によっては、②もスキップしてしまいます。
そのような企業の特長は、部門の縦割り概念が強くプロセスの概念が弱いことであり、業務推進は部門の上下の指示命令で執り行われ、横への連携が無いことです。すべての部門が顧客のために業務を実施しているという概念が忘れられ、上司のために業務を行うというサイロ化した組織となっています。
組織変更の規模は小さく、一回ごとの影響は少なくても、このような検討すべき事項をスキップした組織変更を繰り返していくと、効果的な組織運営を阻害することになります。部門は存在するが、その部門の目的が明確でなく、部門のアウトプットすなわち成果物が曖昧で、日常管理がされない結果となってしまいます。
部門長は,自部門の使命・役割を明確した上で,自部門のアウトプットの管理項目、管理水準を横断的に見て明確にする必要があります。
組織変更においては、部門の目的、成果物、管理項目、管理水準を横断的に見ると,場合によっては,部門間で重複がある場合がでてきます。
また,自組織の目的に照らすと下位の部門の成果物に抜けがある場合もあります。
このような場合は,どちらの部門が担当するかを決める、また抜けている部分について再検討する必要があります。
組織変更ごとにこのような見直し、確認が行われていることをモニタリングすることが大切なのです。
組織変更に当たって修正した自部門のアウトプット、管理項目、管理水準は、該当する標準、規定に反映させなければなりません。可視化された標準、規定が存在してはじめて今後の業務の質の継続性が保証されます。可視化は何も文書に書き表すことだけではありません。帳票類に必要となる項目を追加し、その欄が埋まらなければ次のステップには進められない仕組みを作ればよいと思います。このような実践的な標準化をせずに、規定に新しく追加された事項を紋切り型に記述しても、実際の業務には有効に働きません。
管理項目は、部門目的の達成状況を適切に表すような項目に設定しなければなりません。
自部門の管理項目が管理限界を外れた場合には,下位の部門の関連する管理項目の状況を確認できるようにしておきます。
下位の部門の管理項目において異常が発生している場合には,当該の異常に対してどのような対応をとっているかを聞いて,必要な指導、支援を行う必要があるからです。上司は業務が適切に実施されているかどうかを見極めるために,それぞれの下位の部門に出向いて自らの目で確認することが大切です。
例えば,安全な作業が行われているか,スムーズに作業が行なわれているかどうか,メンバーが活き活きとして働いているかどうか,などを観察し,問題に気付いた場合には,当該の部門の管理職の話をよく聞くことが重要です。
ここまで経営環境の変化に対応して、自らも変化しなければ組織は生きていけない、ということを述べてきました。
しかし、経営環境の変化への対応と思い込んで、いつの間にか「変えてはならないこと」を変えてしまっていることが多くあります。
この間違いが多くの品質不祥事の根源になっていると思います。
「変えなければならないこと」と「変えてはならないこと」は、厳密に区分しなければなりません。
上述のように組織の目的を達成させるための手段はどんどん変えなければなりませんが、モノの見方、考え方を変えてはなりません。
もっと言えば、物事の本質は変わらないわけですから、その本質を見失った手段を取るような変更をすると、最悪の場合、社会を揺るがすような不祥事をいつの間にか起こす土壌を知らないうちに作ってしまうことになります。
「変えなければならないことと、変えてはならないこと」を明確にする、すなわち刻々と変化するものと、決して変化しないものという2つの要素を厳格に峻別して経営環境の変化に対応することが不可欠です。
① 変えなければならないこと
Man:能力基準(項目)、業績評価基準、管理監督項目、組織目標、組織構成(責任・権限、組織図)
Machine : 建物、設備、IT技術
Money : 株主、マネー、IR、プロフィット
Material : 原材料
Method : 戦略、環境保全、供給者、パートナー、改善
Product : 信頼性、強度、構造、成分、検査方法、点検、修理方法
Customer : 市場、お客様、地域社会、消費者対応(カスタマーデイ)
② 変えてはならないこと
良心、行動規範、ロイヤリティ、順法精神、理念、社是、倫理、ガバナンス、コンプライアンス
企業活動では圧倒的に「変えなければならない」ことが多いのですが、変わることを要求されるが故に、いつの間にか「変えてはならないこと」まで変えてしまっていることに注意しなければなりません。
(平林 良人)