昨今の品質不祥事問題を読み解く 第17回 不祥事を防ぐために何が必要か?(2) (2018-9-10)
2018.09.10
前回より始めた「不祥事を防ぐために何が必要か?」
今回はその続編です。
4.手順の意味,重要性を理解させる
3.(前回の項、ご参照)の“手間”をかけることで,「誰もが手順を正しく理解している状態を作り,それを維持する」状況を作り出せることになりますが,その上で標準通りに実施しよう!と作業者に“その気”にさせるためには,「手順の意味,重要性を理解させる」ことが大事です.
つまり,手順そのものだけでなく,
・なぜその手順にしたのか
・その手順となった経緯,根拠
・その手順通りにやらないことによって起こり得る危険性,与える悪影響
をも同時に理解してもらうことです.
多くの組織では手順の教育はするが,その手順の意味や重要性まで教えていることはあまりないのではないでしょうか.
作業者自身が作った標準であれば自ずとその意味や重要性を理解しているのですが,現在は自分が作った標準を自分で使うことはあまりないため,より一層重要視すべきことだと思います.
ここまでの話を踏まえて,標準の不遵守に関する質問を皆さんにしたいと思いますので考えてみてください.
まず作業者A,Bがある同じ作業をやっていて,あなたは彼らの管理者とします.
作業者Aは標準を遵守しましたが悪い結果になりました.
一方で,作業者Bは標準を遵守していませんでしたが,良い結果が得られました.
作業者Bに言わせると,今の標準ではよい結果が得られないとわかっていたので,別の方法を自分なりに考案しそれを実施したとのことでした.
管理者であるあなたは作業者A,Bに対してどう反応しますか?
作業者Aは日頃から標準通りにやっていて,今回もその通りにやっただけですから誉めるのもおかしいです.
結果が悪かったからと言って本人を叱るのも問題でしょう.
作業者Bは標準から逸脱しているので叱りたいのですが,創意工夫によって良い結果をもたらしましたのでこの点は褒めたくなります.
しかし,ここで作業者Bを誉めたら,標準に従うことが軽視され,結果として作業者Aも標準に従わなくなるかもしれません.
一番良いのは,作業者Bに対して標準を逸脱した点はダメだと念を押し,本来ならば創意工夫によって考え出した手順を,会社の新たな手順として反映した上で,作業者Aとともにその通りに実施して,両者がよい結果を出すことであったと伝えることです.
5.ヒューマンファクターを考慮した手順の確立
3,4の“手間”によって,作業者は正しい作業を理解し,実施できるスキルも身に付け,その気にもなっています.
しかしながら,そうであっても結果として手順通りに実施できないことがあります.
それが“つい,うっかり”に代表される「ヒューマンファクター」です.
したがって,この「ヒューマンファクター」を考慮した手順を構築する,というもうひと手間が必要です.
人は,他の経営リソース(モノ,カネ,情報システムなど)と異なり,有機的な存在であり,自ら成長をする強みがある一方で,認知,判断,行為などを時には間違えてしまう特性をも持つ存在です.
労働集約型産業の場合にはとりわけ,このヒューマンファクターを考慮した対策(フールプルーフとかエラープルーフなどに基づいた,業務手順や業務環境に関する安全対策)が必要不可欠となります.
ISO9001の2015年度版でもこの点には触れています.
以上の3~5を読むと,ここまでしないといけないかと感じるかもしれませんが,その通りです.
基本動作の徹底というのはそれほどに手間をかけないといけない重要な事柄であり,相当な準備や仕掛けがないと徹底などできないことを理解すべきです.
6.更なるひと手間をかける
実は,筆者は上記の5までで,標準通りに業務を確実に行うようになると思っていましたが,昨今の品質不祥事問題を見ると,次の1)~4)もさらに必要ではないかと考えます.皆さんのご意見も伺えれば幸いです.
1)人の弱さを認め合う,共有する
まず,人は弱い存在です.正しいこと(=標準)が何であるかを頭でわかっていても,様々なプレッシャーの中で意図的にそこから逸脱することがあります.
また,その逸脱の発覚を恐れて隠蔽してしまいます.
最初の1回の隠蔽が次の隠蔽を生み,これが繰り返されることで,標準化の意図的な逸脱が定常化し,最終的には問題だとすら思えなくなります.
これを防ぐためには,人の弱さを認め合う,共有するような場や仕掛けがあるとよいのではないでしょうか.
成功事例は会社内でよく広がりますが,その逆の失敗や弱みを共有するような場があってもよいと思います.
その際には,
・弱さを見せることは恥ではない,弱さを見せるには勇気が必要であるという理解
・業務実施上のどんな状況でどんな弱さが出てしまうかを知る
・その弱さを感じているのは自分だけでない,誰もが持っている弱さだと理解する
・互いに弱さを正式に認め合い,それをどう克服できるかを議論する(答えが出なくてもよい,話し合うこと自体に意味がある)
といったことが重要だと考えます.
2)外部からの目を入れる
そうはいっても,自分で何が問題であるのかを気が付かないこともあるでしょうから,なるべく外部からの目を入れたいところです.
幸いにも,ISO9001には内部監査がありますから,これを活用しない手はありません.
通常のように,部門どうしだけでなく,工場・事業所どうしで内部監査をやれば,より多くの気づきを得られるでしょう.
さらに,ISO9001の定期審査で,外部審査員と良い意味で協力して,自組織の弱い点や曖昧な業務内容がある箇所を審査対象に敢えてしてもらうこともよいと思います.
TQMのトップ診断(トップが現場を観察し,問題点を指摘する)や二者監査の活用も有効かと思います.
いずれにしましても,外部から目が入ることを定常化しておくことです.
これが,自分では気が付かない問題点やおかしいところに対する気づきになるばかりでなく,いざっというときの抑止力にもなりえると思います.
3)ゆとりを作る
読者の皆さんも経験があるかと思いますが,時間的にも精神的にもゆとりがない高ストレス状態が長く続くと,イライラしたり,仕事上で真面な意思決定ができなくなることが往々にしてあります.
筆者は,このような高ストレス状態が現場で長く続いていることが,本品質不祥事問題を引き起こしている原因の一つではないかと考えています.
共同研究先である会社A社で調べて分かったことです.
その会社の設計部門の方の1週間のスケジュールをもとに業務内容や量を調べてみました.
そうすると,設計部門の本来の仕事である設計検討や試作依頼,試作評価実験などには半分の5割~6割,部下の管理・指導等に1割,そして残りの3~4割が量産開始後や,市場に製品が出た後の設計起因問題への対応のための調査や検討会議などの,本来やらなくてもよかったマイナスの業務が多く占められていました.
ある設計担当チームではこのマイナスの業務が業務全体の5割を占めているところもあり,それが設計部門の多忙さに拍車をかけていました.
そしてこの多忙さが設計部門の本来業務を圧迫し,それが結果として新たな設計起因問題の多発を引き起こし,それへの対応によってさらに本来業務を圧迫するという負のスパイラルが働いていたのです.
また,同時に取り組む設計起因問題が多くなったせいで,個々の設計問題の原因分析にかけられる時間が少なくなり,対策も表面的なものになっていました.
この負のスパイラル下で,正常な判断を100%行える人はいないのではないでしょうか.
少なくとも,筆者はその一人です.
そして,この負のスパイラルを断ち切るためには,1事例から深い原因分析に基づいた仕組み(A社では設計プロセスとその設計基準,デザインレビューの方法に相当する)の脆弱性を発見して対策を取り,それを通じて確実な再発防止が必要ではないでしょうか.
この活動によってマイナスの業務を減らし,それによって本来業務にかけられる心と時間的なゆとりを作り出すことができるようになります.
ゆとりが生まれれば,正常な判断を行えるようになります.
4)リーダー・管理者の責務
リーダー・管理者が思っている以上に,部下は上司の皆さんをよく見ています.
私事ですが,著者は大学の教員であり,20代前半の学生20名弱の卒業研究を指導するゼミのリーダーでもありますが,学生たちは私をよく見ています.
面白いことに,指導の先生の部屋が汚いと,学生がいるゼミ室も汚れていますし,先生がゼミに遅刻すると,学生もよく遅刻するようになります.
その意味で,時には私も怠けたくなりますが,学生が見ていると思って身を引き締め直しています.
近年の品質不祥事問題の背景には,品質vs 納期となる場面でどうしても納期を重視してしまう風土がある,ということが指摘されています.
これの一因は,リーダー・管理者の行動にあるのではないかと思います.
リーダー自身が,品質重視よりも納期重視の判断をしているから,その部下もそれを見て,それをしていいんだ,それが正しいんだと思います.
その逆の,リーダー・管理者は品質重視の判断をしているのに,部下が勝手にそれとは反対の判断をしたというのは,どうしても考えずらいことではないでしょうか.
私自身もまだまだですが,リーダー・管理者は,品質よりも納期を重視するような意思決定,標準を逸脱してもよいと捉えられかねない行動や発言をしていないかをもう1度見直し,自らを正すことも必要なように思います.
最後に,トヨタ自動車の社長も言われたに思いますが,人材の成長レベル以上に会社は成長しないという考え方も重要であると考えます.
会社の急成長に人材育成が間に合わなければ,それこそ大きな品質問題を生じることになるとの認識です.
例えば,部下の成長を期待してストレッチ目標を与えることは大事ですが,成長の幅を大きく超える目標を与えることは,部下のモチベーションを下げるばかりか,高ストレスを与え正しい判断をできなくならせ,品質不祥事問題を引き起こす原因を作り出すことになるのです.
金子 雅明