QMSの大誤解はここから始まる 第22回 ISO 9001認証を受けた会社は市場クレームを起こさないんですよね。(1) (2018-3-12)
2018.03.12
昨年11月よりお届けしている「QMS大誤解シリーズ」いよいよ今回から最後のテーマについてお伝えしていきます。
トリは超ISO企業研究会会長の飯塚悦功からです。
(1) QMS認証制度とは何か
この「誤解」を誤解として片付けてよいものかどうか、非常に複雑な心境です。
と申しますのは、ISO 9001を基準とするQMS認証制度は本来、まともな製品・サービスを提供できる組織のQMSであるとのお墨付きを与える社会制度だからです。
市場クレームはおろか、クレームとまで言えない苦情も極めて少なく、もっと言うなら顧客満足を実現できる組織が認証されていると期待したいからです。
この「誤解」が、QMS大誤解シリーズの最後となりますが、少しページ数をいただいて、この誤解を誤解と切り捨てなくない気持ちと、そうは言っても制度設計からくる限界があることを綴らせて下さい。
以下のようなことについて、数回かけてご説明します。
(1) QMS認証制度の本質
・QMS認証制度とは何か
・認証制度が有効であるための条件
(2) アウトプットマターズ
・ISO 9001:2015のScope(適用範囲)
・ISO 9001はまともなQMSモデルか
(3) 認証審査
・QMS能力の保証と結果の保証
・「QMS能力」の審査
■認証制度の本質
認証制度は「基準」と「評価」という2つの要素から構成されます。
「基準」とは、適合性を評価する際の基準を意味します。
認証制度の確立によって、その分野が重要であるとの認識が広まります。
基準が社会ニーズに合致した妥当なものであれば、その基準が普及しますし、基準の内容や基準の利活用に関する合意形成が促進され、標準化が進みます。
認証の基準に限定せず、一般にこの世に存在する様々な基準・指針にはどのような意義があるのでしょうか。
基準・指針には、良いもの・良い方法への統一・誘導・規制という働きがあり、これによって2つのことが期待できます。
その第一は、「全体最適のための統制」による安全・安心社会の実現です。
第二は「グッドプラクティスの共有」による、国力向上、産業競争力強化です。
良いもの、安全・安心なものへの統一や共有によって、生活インフラ、産業インフラ、知識インフラなどの充実、さらに安価なインフラ活用コスト、安価な安全・安心コストが実現できれば、取引の活性化、経済活性化が促進され、産業競争力強化につながると期待できます。
いや、基準・指針は、そのようなねらいをもって策定されるべきです。
もしISO 9001がそのような基準であれば、これに適合している組織のQMSから生み出される製品・サービスが市場クレームを起こすということに釈然としないのは当然で、だからこそ「誤解」と切り捨てたくはありません。
「評価」とは、その基準に対する適合性の評価という意味です。何のために評価するのでしょうか。
認証には2つの目的があります。
その第一は、基準への適合の公式の証明という形での「能力証明」です。
これによって、認証結果を利用する顧客や社会は、認証対象の選択の質と効率を上げることができます。
MS(マネジメントシステム)の場合、取引先を選ぶ際に、認証されている組織を候補とすることによって、効率的に優れた組織を選ぶことができます。
製品認証の場合も同様です。
どれを選ぶべきか綿密に評価しなくても、認証されている製品から選べば効率的に良いものを選ぶことができます。
要員も同様です。
自分で評価することなく、有資格者から選択することにより、選択の質と効率が上がります。
これにより、取引・経済の活性化が期待できます。
認証の対象となるものにとっては、妥当性の証明、透明性の確保、基準適合という価値の訴求ができます。
認証されているMS、製品、技量にとっては、基準に適合していること、すなわち一定レベル以上の能力を保有していることを訴求できるし、またどのような意味で適合しているのかの説明責任を果たすことによる透明性の確保もできます。
評価の目的の第二は、認証プロセスを通じた認証対象の「能力向上」です。
認証において、その準備や認証プロセスの過程で、認証を得るために様々な努力をし、また指摘を受け、対応します。
これにより、認証対象そのもののレベル向上、能力向上、ひいては業績向上が期待できます。
認証結果の利用者、広くは社会にとってみると、安全・安心、効率、競争力の点で社会・産業のレベルが上がり、国力・産業競争力の向上が期待できます。
ここで強調しておきたいのは、認証制度の主目的は、第一の目的すなわち「能力証明」にあるということです。
そうであるなら、この制度の顧客は、認証結果の利用者、すなわちMS認証でいうなら認証組織の顧客や社会、製品認証では製品の購入者や将来購入する人々、広くは社会、ということになります。
第二の目的は、いわば認証制度の副次効果とも言うべきものです。
もちろん、制度設計においては、認証対象のレベルアップも重視しますが、第一義的な目的はあくまでも「能力証明」であることに留意すべきです。
QMS認証において証明される「能力」が品質クレームを発生させないようなQMS能力であるなら、いま考察している「誤解」は誤解どころか大正解のはずです。
なかなか結論を言わずに申し訳ないのですが、後ほど、QMS基準と認証審査の視点から、なぜ認証されたQMSを運用する組織の製品・サービスにも市場品質不良が発生するか、考えてみたいと思います。
■良いもの・良い方法への誘導
「認証」は、良いもの・良い方法の適用への誘導の手段としてどう位置づけられるのか整理しておきたいと思います。
この世では、様々な人や組織が様々な活動を行います。
そうした社会において、良いものや方法への誘導にはどのような方法があるのでしょうか。
その第一は「市場原理」です。経済原理、または他の利益誘導によって、自由な市場においては自然淘汰により市場が望むものが優勢になっていきます。
この原理によって、本当に良いものが優勢になっていくためには、購入者・顧客など市場における意思決定者の鑑識眼が重要な条件になります。
ところが、とかく顧客というものは裸の王様であり、正しいものを選ぶとは限りません。
政体として理想的なのは自由な民主主義でしょうが、民主主義は衆愚政治と紙一重です。
ギリシアの直接民主主義における良い時代であったヘリクレス時代といわれる30年間は、民主政体における独裁とも言えるものでした。
このような例を出すまでもなく、公序良俗に反する製品・サービスを求める良からぬ市民が少なからずいることからも市場原理がいつでも最適とは言えません。
市場原理のもう一つの弱点は、市場の意思が確かなものでなく、また変化するため、良いものに落ち着くのに時間がかることがあるということです。
第二の方法は、たぶん「提供者の見識」です。「たぶん」と言ったのは、提供者の見識を信頼できない場合も多々あるからです。
しかし、市場や顧客の真のニーズを斟酌する見識ある提供者がいれば、良いものが提供され、それを利用する者の鑑識眼が肥えてきて良いものが大勢を占めていくというポジティブ・サイクルが成立すると期待できます。
この方法が成り立つためには、提供者の見識そのものが鍵です。
短期的・狭視野で、人を騙してでも儲けようと考える提供者ではダメです。
長い目で見て、見識ある顧客、市場に受け入れられなければその分野の発展はない、と理解し行動できる提供者が必要です。
第三の方法は、「指針・基準」あるいはBOK(Body of Knowledge;知識体系)」などです。
私的な情報でも、組織内の指針・標準でも、学協会発行の指針・基準・BOKでも、業界の標準・指針でも、あるいは国家標準や国際標準でも、様々な対象に対して何らかの形で社会に提供される指針・基準・BOKなどによる、有用な知識の普及、ベストプラクティスの共有の支援です。
提供される知識が良いものであれば、これによって、知識インフラのレベルは向上し、社会全体が賢くなる可能性があります。
これが成立するためには、提供される知識そのものの内容の質が高くなければなりません。国家標準や国際標準などでは、公表に至るプロセスの妥当性を保証することによって知識コンテンツの質を保証しようとしていると考えることができます。
第四の方法が、(民間の)認証です。前項(第三の方法)で言及した指針・基準の存在にとどめずに、それを基準として、公正・公平な評価能力のある者が評価して基準適合を公式に証明しようとする制度です。
評価や判定の能力に対する信頼感があれば、十分に機能する方法といえます。
いま私たちは、QMSに関する「良いもの・良い方法」への誘導が、QMS認証によってどのくらい効果的に実現できるのか考察していることになります。
第五の方法が「法的規制」です。
任意の評価制度を強化し、適合していなければ社会への提供が許されない、強制の評価制度です。
これにより、邪悪の抑制、安全・安心の確保が可能となります。
この考察から分かるように、認証制度は、規制ほどではありませんが、良いもの・良い方法に、かなり強く誘導する社会制度であると位置づけられます。
長くなりましたので、今回はここまでとさせていただきます。
次回(来週)に続けますので、楽しみにお待ちいただければ幸いです。
(飯塚 悦功)