QMSの大誤解はここから始まる 第19回 ISO9001は大企業の製造業向けで,中小・零細企業には無理である(2) (2018-2-19)
2018.02.20
前回,『ISO9001は大企業の製造業向けで,中小・零細企業には無理である』の背景には,
1. 大企業のような“立派な”品質マネジメントシステムを構築しないといけない
2. ISO9001のQMSは製造業向けであり,他の業種・業態には合わない
という考えがあるとお話をしましたが,今回は上記2について解説したいと思います.
まず,事実データを確認しましょう.
2018年2月19日現在において日本適合性認定協会(JAB)で認証されている組織は46,000社を超えています.
認証組織数が多い上位3位の産業分野は,
1位・・・建築(8,681社)
2位・・・基礎金属、加工金属製品(7,965社)
3位・・・電気的及び光学的装置(4,535社)
となっていいます.
これを見ると,やっぱり製造業中心ではないかと思われるかもしれません.
確かに,ISO9001は製造業の大企業を中心に活用され始めた規格であることは事実であり,その傾向は今も変わっていません.
一方で,製造業ではない他の産業分野についても見てみると,
・輸送、倉庫、通信(1,288社)
・情報技術(1,426社)
・その他専門的サービス(1,577社)
・医療及び社会事業(488社)
などの実績も存在し,製造業ではない分野においてもISO9001を活用しているという事実が見受けられます.
確かに,全認証組織数に占める割合は非常に高いとは言えませんが,無視できない程度の一定の割合の組織が,ISO9001に取り組んでいることがわかります.
以上から,事実データから見れば,ISO9001は製造業だけでなく他の業種・業態でも活用されていることが言えそうです.
皆さんもご存知のように,ISO9001は2015年版が最新版であり,これが通算4度目の改訂になります.
94年版では,Process Controlを“工程管理”と訳したり,製品の定義にサービスが含まれていなかったなどがあり,製造業向けの規格というイメージが強く感じられました.
しかし,2000年改訂では,サービス業を始めとした多くの業種・業態で使用しやすいように,ISO9001の汎用性を向上させる改訂が行われ,その後の更なる改訂を通じて,製品の定義の中にサービスが含められ,2015年版では“製品及びサービス”という表記に初めて変更されています.
しかしながら,94年版のISO9001が主に製造業向けであるように受け取められたこと,及びISO9001の発行当初は製造業の大企業中心でISO9001が活用されていたという事実が,今もそのままイメージとして残ってしまい,結果として“2.ISO9001のQMSは製造業向けであり,他の業種・業態には合わない”という考えに影響を与えているように思います.
さらに,上で述べたイメージ以外にも,ISO9001の要求事項の解釈が困難,またはその解釈が間違っていたりするという理由で,“2.ISO9001のQMSは製造業向けであり,他の業種・業態には合わない”という考えに陥っている場合もあるように思います.
ISO9001の規格では,組織の大小や業種・業態の種類に関わらず,広く適用できると標榜しているのですが,ある特定の業種・業態に適用する際にISO9001の要求事項,とりわけ,製品実現プロセスに関わる2015年版でいう8章の「運用」部分についてどのように解釈するのかが,多少の混乱を引き起こしているように見受けられます.
例えば,上記で挙げた「輸送サービス」について考えてみると,次のように捉えることができると思います.
a. 箇条8.2の製品及びサービスに関する要求事項の明確化
→顧客企業が製造した製品をある工場から消費地域に必要な量を安全かつ迅速に届けたい,総輸送コストを○○に留めたいということを明らかにし,正式に受注するという業務になるでしょう.
b. 箇条8.3の製品及びサービスの設計・開発
→複数の配送元と配送先,そして配送手段(陸送,空送など)を考慮して,顧客の要求事項に沿った最適な配送ルートを設計したり,そのための配送計画を立案することになるでしょう.
c. 箇条8.4の外部から提供されるプロセス,製品及びサービスの計画
→配送手段としてのトラックなどの購買,またはときには,自社の配送能力を超えた要求がある場合には外部の組織に配送を委託することもあるでしょう.
d. 箇条8.5の製造及びサービス提供
→まさに配送サービスそのものであり,配送する荷物を積載し,箇条8.3で決めた配送ルートと配送計画に沿って適切に配送が行われているかを管理しなければなりません.
e. 箇条8.6の製品及びサービスの引き渡し
→配送先での荷下ろし後に顧客立ち合いの下で行われる確認作業(顧客にとっては受け入れ検査に相当することもあります)になるでしょう.また,届けた荷物が壊れていたという事態が発生しないように,上記d.で定めたプロセスが妥当なものになっているかどうかを事前に確認しておく必要もあるでしょう.
f. 箇条8.7の不適合なアウトプットの管理
→代表的な不適合で言えば,時間通りに届かなかった,届いたが製品が壊れていた,配送すべき製品や量を間違えたなどを挙げることができるでしょう.この場合には,顧客に迅速に通知し,再配送などの適切な処置の実施が必要となります.
上記a~fの中で言えば,bの箇条8.3の製品及びサービスの設計・開発の捉え方がキーポイントとなるでしょう.
例えば,
・レストランでは,食事メニュー開発や店舗のデザイン,顧客が来店してから退出するまでの対応プロセスなどを決めることが相当します.
・情報技術分野のソフトフェア開発では,顧客から提示される要求仕様を実現するためにどのようなソフトフェアが必要かを設計し,それを開発する業務が当てはまります.
・医療サービス分野でも,個々の患者の状態に合った診療・治療計画を立て,いかにそれらを安全かつ確実に実施するかの提供プロセスをも決定することが,設計・開発となるでしょう.
言い換えれば,自社が提供している製品及びサービスをどのように捉えているかが,ISO9001規格を適用できるかできないかの判断に大きく依存していると思います.
私個人としては,製造業以外の産業分野でISO9001が適用できないと思ってしまう主な原因のひとつは,自社の提供製品が何であるかを十分に認識できていないからではないかと考えています.
有形の製品であれば改めて考えるまでもなく明確なのですが,無形サービスになると当然ながら目には見えず,意識することも少ないでしょう(ちなみに,品質管理の“品”は品格の“品(ひん)”であって,決して“品(しな)”を意味しているわけではないのですが,品質管理は有形の製品のみを対象としていると誤解していることも多々あるようです).
提供する製品が明確に認識できなければ,その製品の品質保証が目的であるISO9001は自社には使えない(=無理である)という誤解に,安直につながってしまっていると思います.
さらに,ISO9001要求事項を各業種・業態でどのように解釈すればよいかについてこれまで説明しましたが,ISO 9001は,あらゆるタイプの製品・サービスの提供のために,バリューチェーンを以下の機能から成ると捉え,モデル化しているQMS規格です.
1.要求内容の確定、商品企画
⇒ どのような要求を満たす製品・サービスであるか
2.設計・開発
⇒ 要求を満たす手段の指定,要求を満たすために、製品・サービスはどのようなものでなけれならないか
3.製造・サービス提供
⇒ 設計・開発で指定した通りの製品・サービスの実現
4.調達
⇒ 外部からの、必要な製品・サービス、プロセスの獲得
5.提供
⇒ 顧客への製品・サービスの引き渡し、使用・運用の支援
そもそも,「このように解釈できるのでISO9001が使えそうだ」と考えるのではなく,「そのように使うべくモデル化しているのがISO9001規格である」と,より積極的に理解したほうが良いでしょう.
例え,言葉が製造業でのものを使っているので馴染みがないことがあるのかもしれないけれど,もっと物事の本質を一般化・抽象化してみなければ規格の賢い適用はできないのではないでしょうか.
(金子 雅明)