QMSの大誤解はここから始まる 第11回 ISO9001では結局,文書があればそれでよいんでしょ?(2) (2017-12-18)
2017.12.18
「QMSの大誤解はここから始まる」シリーズ、
今回は、5つ目のテーマ「ISO9001では結局,文書があればそれでよいんでしょ?」の後編をお届けしたいと思います.
前回は、
1.良質な製品サービスを提供するためには
2.標準(化)と文書の関係
3. 文書の3つの役割
と話を展開して参りました.
今回は,文書として何をどこまで持つべきなのか、というところから再開です.
4.文書をどこまで持つか
では,文書として何をどこまで持つべきなのでしょうか.ISO9001の2015年度改訂版では,
a) この規格が要求する文書化した情報
b) 品質マネジメントシステムの有効性のために必要であると組織が決定した,文書化した情報
と要求しています.
a)については必要な文書が明確ですので,b)のほうをいかに解釈するかにかかっています.
必要であるかどうかの判断基準が明確に示されていないので,“じゃあ全部集めようか”,または“集められるところまで集めようか”,これが転じて,全部集めないといけない,とても大変な作業をやらないといけないというイメージにつながっていくようです.
文書として持つべきかどうかの判断基準のその1は,「その業務を実施する人の能力レベル」です.
「○○業務を実施してください」とその人に分掌業務を伝えるだけで,当該業務を間違えなく実施できる十分な能力を業務実施者が有していれば,手順書などの文書は必要ないか,最低限のことだけ書いたごく短い文書でよいでしょう.
一方で,文書がない,ごく短い文書だけで何をどこまで実施すればよいか理解できず,良い業務アウトプットを得られないような能力であれば,文書を新規に作成したり,既存の文書の記載内容をより詳細なものに書き直すことが必要となります.
文書として持つべきかどうかの判断基準のその2は,「会社経営における業務の重要度・影響度の大きさ」です.
当該業務のアウトプットの良し悪しが,その企業が最終的に顧客に提供する製品・サービスの質への影響が大きい場合,または,その製品・サービス事業全体における競争優位要因の源泉となっている重要な業務である場合,その業務に関する文書は持つべきであり,かつ他の業務に比べてより詳細に記述されるべきです.
実際の場面では,ISO9001を導入する前であっても,まったく文書がない状況であることのほうが稀であり,何であれ既存の文書が存在します.
これら既存の文書については,業務実体とその文書の記述内容が合致し,活用されている文書であれば,それは上記のいずれかの判断基準で必要だと判断されていると考えられますので,そのまま会社の標準文書として採用してよいでしょう.
もし業務実体とかけ離れた内容が書かれていて,まったく活用されていない文書であれば,それを会社全体の「標準」として採用すると逆に現場に混乱をきたすので,廃棄するのが良いでしょう.
さらに,既存の保有文書にはないが,新規に作成する必要がある文書(新規文書)も数多くあるかもしれません.
ISO9001では,具体的に100,1000文書作らないと,ISO9001の認証取得ができないというような決まりはないので,掛けられるリソースと優先度を考えながら,自社のペースで段階的に作成していけばよいでしょう.
例えば,本来ならば100の新規文書を作成したかったが,ISO9001の審査時にはそのうちの50文書しかできなかったとして問題ありません.
むしろ,この後に新たに作成しなければならない新規文書(残りの50文書)が何であるかを認識していることが大事です.
そして,ISO9001は認証取得したらゴールではなく,顧客のニーズに合った製品サービスを提供するための組織体制を整備する活動のスタートであると理解すべきであり,ISO9001認証取得後に徐々に残りの50文書を作成していけば良いのです.
5.良い文書とは何か
では,良い文書とは何でしょうか.それは,業務を実施する人にとって,
1)いつ使うかが明確で
2)その通りに実施できて
3)良い結果が得られる
ということに尽きるでしょう.
“1)いつ使うかが明確で”というのは,その文書タイトルや適用範囲から,どのようなときに実施するどのような業務文書であるかが明確になっていることが必要でしょう.
テキトーな文書タイトルをつけてはいけませんし,文書の適用範囲も慎重に設定すべきでしょう.
また,当然ながら“2)その通りに実施できて”いないと意味がなく,絵に描いた餅になります.
それを防ぐためには,以下の3点に留意すべきです.
まずは「教育と訓練」です.
文書に書いてあることを実施するのは人ですので,その人がその文書に書いてあることを理解するためには体系的かつ徹底した教育と訓練が必要です.
その際には,単に文書に書いてある実施手順そのものだけでなく,どうしてそのような手順になったのかという根拠・理由の理解も大事です.
この部分の理解が疎かになると,標準手順の意図した不遵守問題が発生してしまうでしょう.
次は「文書の記載の詳細度」です.
上でも説明しましたように,文書を作成する際にはその文書を使うユーザが誰であるか,どのような能力を持った作業者なのかを明確に認識しておかなければなりません.
想定する作業者の能力レベルによって,どこまで記述しないと理解してくれないのかが決まります.
最後は「ヒューマンファクターの考慮」です.
人間は人間だからこその強みもありますが,人間だからこそエラーを起こしてしまう生き物であるとの理解も大事です.
通常は,悪意がある場合は除いて,作業者は標準文書に書いてある通りに実施しようとします.
しかし,人間が持つ特性からどうしてもヒューマン・エラーを起こして実施できなかったり,技術的にはそれほど難しい手順ではないはずだがなぜか遵守しにくい手順である場合もあります.
これはすべてヒューマンファクターに起因した問題であるので,ヒューマンファクターを考慮した実施手順にすることが重要です.
最後の“3)良い結果が得られる”については,もちろん標準の作成段階でこのことを考慮して決めていますが,実際にやってみると,良い結果が得られないことも少なくありません.
その場合には,標準の改訂を確実に実施してくことが必要となります.
標準の改訂は,思いつきによる変更の連続ではありません.
現状の標準の不備を明確にして,その不備を論理的・体系的に修正し,新たな標準として採用し,そして次からはこの新たな標準に沿って業務を実施しようという意思表示です.
PDCAサイクルで言えばC→A→P→Dというところが大事だということですが,これを個人ではなく組織レベルで回していくことが重要です.
文書という側面から捉えれば,文書の作成,承認,周知,そして活用という一連の流れが組織レベルで統一される必要があり,この役割を担うのが文書管理という仕組みになるのです.
6.文書通りの業務の実施
上記の1.~5.より,文書とは,良質な製品・サービス提供に必要な,現時点でベストプラクティスだと思われる業務のやり方や方法を標準手順として可視化したものであるといいました.
また,そのように文書として可視化する目的は,「知識の再利用」,「コミュニケーション」,「証拠」の3つがあるとも説明しました.
そして,良い文書についても解説しました.
しかしながら,文書は業務のやり方や自組織のQMSの内容を記載した紙に過ぎず,その紙に書いてある内容が,組織が行う活動の実体に反映されるからこそ,良質な製品・サービスの提供を実現できます.したがって,文書通りに業務を実施することがとても大事です.
当たり前のことのように聞こえるかもしれませんが,企業現場を見てみると残念ながら“文書と実体のかい離”,つまり文書内に書いてある手順の内容と,実際の企業活動でやっていることが一致していないということが少なくありません.
そして,この“文書と実体のかい離”が進むことによって,ISO9001認証取得,審査のためだけの,実体と大きく掛け離れた,形骸化した,役立たない文書がたくさん作られることになってしまい,結果として「(実体は関係なく)文書(さえ)あればそれでよいんでしょ?」の誤解につながっていくのだと思います.
仮に手順や作業標準が適切でないとわかったとき,組織の知である文書を改訂せず,各人が自己流で勝手に運用してしまったら,その組織にとってベストプラクティスを示すはずの標準がその役割を発揮できません.
また,決められたルール通りに実施しないことによって,重大な市場トラブルが発生したり,時には不祥事,コンプライアンスの問題としてマスコミや世間から糾弾されることにつながる事例も,ちらほらと新聞等で見受けられます.
したがって,この“文書と実体のかい離”を防ぐためには,組織の知である文書に記述した通りに実施し,もし記述内容が誤っているなら(その通りにやっても当初の目的・目標を達成できない,不具合が発生するのなら)文書を正して,その正した文書通りにまた実施するということを繰り返して,文書と実体が一体化している状況を維持し続けることが重要なのです.
(金子 雅明)